人間関係の構築方法。「正しさや知識追求ではなく、人間関係構築に重きを置く人がいる」

どうも、太陽です。(No71)

突然ですが、「人間関係の構築方法 正しさや知識追求ではなく、人間関係構築に重きを置く人がいる」というタイトルですが、これは自身の経験と反省により、生まれたモノです。

リアルでの人間関係というよりも「Gravityという音声通話アプリで起きたこと」をテーマにしています。

このテーマについて、興味がある人は続きをお読みください。

1 人には2種類のタイプがいる。

いきなりですが、僕は人には大雑把に分けて「2種類のタイプがいる」と考えています。

話の内容(コンテンツ。正しさや知識追求など)に重きを置くタイプ。
話の内容よりも、人間関係構築(気遣い・人情など)に重きを置くタイプ。

科学者は職業柄、論文を読みまくり、研究にどっぷり漬かっています。

そして、客観性を重視していて、主観が弱まっているので、どちらかといえば話の内容に重きを置くタイプだと思います。

科学者じゃなくても科学者気質の人も当てはまります。

 

対して、話の内容(正しさや知識・真理追求など)よりも、人間関係構築(義理人情、気遣い)に重きを置くタイプもいます。

この人たちは、話の内容タイプよりも、挨拶や感謝の言葉(ありがとうなど)を重要視しています。

例えば、ブログや本などのコンテンツを読む際、信ぴょう性などよりも、その著者の人間性などを重要視します。

 

科学者気質の僕は、嫌いな人間や価値観が異なる人間でも、話が役立つか面白そうなら、「コンテンツを読もう」という気になります。

ですが、人間関係構築重視派は著者に関心が持てなければ「コンテンツを読もう」という気になりません。

まさに人間第一、ファンサービスに価値を置くタイプが人間関係構築重視派です。

 

人間関係構築重視派は、挨拶でフィルタリングをかけることもあります。

「初対面なら挨拶必須、または仲良くならないとタメ口禁止」と掲げることで、人間構築軽視派を弾いているのです。

人との交流に喜びを感じています。

 

対して、話の内容重視派は「挨拶は別に必須ではない」と思っています。

また、「求められたら形式上する」という主義でしょう。

そして、そういう形式上で挨拶をやっていると本音をばらすと、人間関係構築重視派は「心がこもっていない」と怒るのです。

 

感謝についても同じです。

僕は例えば、アドバイスをもらったとき、的を射ていて参考になるアドバイスなら、感動しますし、素直に感謝できます。

しかし、的外れのアドバイスや合わないアドバイスを言われたら、僕は特に感謝の気持ちは湧きません。

もちろん、アドバイスしようとしてくれる心意気はありがたいです。

 

そして、そのアドバイスに対して「でも、~」と反論すると、人間関係構築重視派は「でもじゃない。できない言い訳を言うな」と返してきます。

僕からしたら、自分に合わず、実行できない意見を言われたので、できない理由を説明し、その意見を相手が拾い上げて、「さらに違う提案を言ってくれるかも」と期待していました。

ですが、相手の意見は「言い訳するな」でした。

 

その人はモラハラ気質があります。

理由として、「他の人ともバチバチに揉めている」「自分は戦闘民族だ」「自分は折れないし、他の人から見たら喧嘩しているみたいと言われた」と言っており、「そのことに関してまったく恥じていない」ことから察しました。

さらに、その人は感謝を大事にしている価値観です。

で、それを自分自身に適用するのはまったくかまわないのですが、相手にも感謝(ありがとう)を強要してくるのです。

そもそも、感謝(ありがとう)は自発的にやることであり、強要されるものじゃないです。

 

また、僕だったら、嬉しくもないのに「表面上、感謝されてもなぁ」という感じです。

しかし、優秀な接客業や営業マンは、空気のように、思ってもない感謝(ありがとう)などを言う習慣ができていると感じます。

そして、そういう人のほうが器用であり、敵も作らず、無駄な衝突を防げます。

 

僕の場合、役立つアドバイスには素直に感謝でき、役立たないアドバイスには「でも」と反論してしまいます。

ですが、そういう癖は排除して、とりあえず、「なるほど」や「そういう意見もあるのですね」と言うのが処世術として大事というわけです。

 

これも挨拶と同じです。

形式上で役立たないアドバイスに対しても「感謝の言葉をとりあえず表している」と言うと、人間関係構築派からは怒られます。

人間関係構築派は「本心じゃない、思ってもないこと(感謝や挨拶など)」を言われても、形ができあがっていればそれで満足なのです。

 

こういう根本的な思想・価値観の違いが、話の内容重視派と、人間関係構築重視派は存在します。

で、どちらかが妥協して折れなければ揉めます。

 

それにしても、相手の反応が微妙だったら「的はずれなアドバイスをしたかな?」と僕なら省みますけどね。

表面上、「ありがとうございます」や「なるほど」と返されたら、「そんなに参考にならなかったのだな」と感じます。

そんな形式的な反応をされるより、「でも~」と言われて反論されたほうが、「そういう理由で実行できないのか?」と理解が深まると思うのだけども。

 

そして、仮に僕が的確なアドバイスをしても、相手が「でも」と言い訳してきたら、「そういう風に感じているのですね」と返して、深入りしません。

相手には相手の事情がありますし、見えている世界が全てではありませんので。

「相手になんかしらの気づき・ヒントが与えられれば良し」と考えています。

 

また、社長や社長気質の人は人から指図命令をされることは好きではありません。

「人から指図や命令をされたくないから、社長になった」という人もいます。

そういう社長に対してはコンサルタントは慎重に丁寧にアドバイスします。

 

ましてや、相手に感謝を強要したり、「言い訳するな」など言語道断です。

「言い訳するな」と言えるということは相手を格下に見ているから言えることであり、例えば「上司・部下の関係」です。

社長に対して、仮に社長ができない理由を反論してきたら「言い訳するな」「感謝しろ」と言えるでしょうか?

僕がなんか嫌な違和感を感じた理由はまさにここにあります。

 

さらに、モラハラ気質の人の特徴として、以下があります。

自身は大量に文章を書けないのにも関わらず、なぜか得意満々にアドバイスしてきて、しかも感謝を強要してくるのです。

プロのライターに以前にアドバイスされたことがあります。

その人は「ライティングの大変さ」を身にしみて感じており、僕の記事に対して「コンテンツは非常に良いが、見せ方(構成)がイマイチ」とやんわりと指摘してくれました。

その当時と比べたら、僕の記事の質は向上しましたが、それでもまだ見せ方に改善点がかなり残っています。

 

そして、プロのライターほど、苦労を心底分かっています。

ですから、苦労の跡が見える人に対しては努力を認め、やんわりと指摘するのです。

しかし、モラハラ気質の人は、モラハラ体質も関係していますが、さらにライティングの苦労を理解しておらず、だからこそ9割ぐらいの勢いで、過ちを指摘してきます。

 

1つマイナスなことを言ったら、5つはプラスのことを言わないと、人は非常にストレスを感じるそうです。

それなのに、平気で9割もマイナスなことを指摘してくるのですから、モラハラ気質なのです。

(つまり、説教です)

 

野球でも、プロでの野球経験がないのに、やたらプロのプレーを偉そうに批評している人をよく見かけます。

逆に、プロの解説者は番組上という立場がありつつも、選手のミスなどに関してもまだ優しいです。

(それはプロの世界のプレーの難しさを心底、理解しているからです)

やったことがない、経験したことがない人ほど、やたらアドバイスしたり、批評する現象は謎です。

 

しかし、僕はモラハラ気質の人に対して、「あなたは大量に文章を書けるのですか?成功者なのですか?」とは一切言いませんでした。

その理由は「素人の意見でも参考になる箇所がある」と信じているからです。

実際にその人の指摘にも役立つ部分がありました。

 

しかし、コンテンツへの指摘より、「態度(ありがとうを言わない、「でも」と言い訳すること)を改めよ!」と言われており、「この人は人間関係構築重視派だ」と察しました。

正直、文章の改善点など気づきは多かったですし、感謝もあります。

ですが、モラハラ気質の相手の言動に対し、かなり嫌な気持ちになったので、差し引きゼロです。 

また、僕は自分がやったことがない分野に関しては「そこまで詳しくないけど、参考になるのであればアドバイスします!」程度の感覚です。

 

加えて、僕のブログにモラハラ気質の人がそこまで関心を持たなかった理由は、「僕が自信満々じゃなかったからだ」と言います。

例えば、歌手が歌を聞かせるときに「自分の歌なんてまだまだなので」と謙遜していたら、「その人の歌を聴こうとなるか?」ということです。

 

ですが、僕は自分のブログや記事に対して、完全に自信を持っているわけではなかったので(「もっとアクセスはあるはずだ」とは思っていましたが)、そんなに自信満々に「読んでくれ」と言えませんでした。

アプール不足でしょう。

ですが、僕の今までの経験上、自信満々の人ほど、実力が追いついてない、しょぼいコンテンツの人が多かったのです。

 

「できます!」と意気揚々と言う人ほど、あとになって「できませんでした」というケースが多いです。

なぜ、そんな自信の有無によって、ブログを読む価値があるかどうか判断しているのか?謎です。

その人は「自信満々で頭がいかれてそうな人の記事なら興味をもって読みたい」と言っていたので、感覚が変なのでしょう。

 

つまり、成功者でもなく、ライティング経験が豊富でもない人に意見を聞いたのがまずかったのです。

というより、話の流れで相手がアドバイスしてきたのですね。

で、僕が「ブログの話は別にいい!」というと、「それは逃げだ!」と言いました。

ですから、やはりモラハラ気質です。

(社長に「逃げだ!」といえますか?って話です。格下相手の部下に言うセリフです)

 

また、安達氏のツイートを貼ります。

 

Yes、but法は、同意してから、反論するパターンです。

「なるほど」という感じで、ワンクッション置いてから、反論すると相手も聞き入れやすくなる効果があります。

おそらく、人間関係構築重視派は普通の人なので、こういうパターンが通用します。

形式で満足するからです。

 

しかし、IQが高い人や、感情に左右されない実務家、若手の優秀な起業家相手だと、いくら形上の同意をしようが、話の内容・中身重視派なので、テクニックは通用しません。

まさに、話の中身が問われるわけです。

 

今回の話は、話の内容重視派と、人間関係構築重視派のテーマでしたが、モラハラ気質の人の話も混ぜたエッセイ風な内容となっています。

追加として、2件目の音声アプリGravityでのモラハラ被害事件があるので、書きます。

2 飲食店1億円社長のモラハラ事例。

僕が関わらないと決めている人種として、パワハラ・モラハラ人間がいます。

パワハラ人間は相手の事情など想像せず、威圧的な態度で説教などをしてきます。

強要的な押し付けがましい態度に辟易します。

お互いに、意見などを尊重し合う関係が理想なのに、一方的に押し付けてくるから、関わらないと決めています。

 

それにしても、いろいろな人から「自信がない」と言われます。

まぁ成果が出ていないですから、自信をもてるほうがおかしいのです。

とはいえ、僕は「能力はある」と自負しています。

さて、自信の有無で人を判断するのはパワハラ・モラハラ人間だからでしょうか?

ボクシングの井上尚弥選手も「自信がない」と言っています。

 

「自信の有無で、その人を測るのはどうなの?」と思います。

自信過剰な人ほど、逆に、能力不足な人が多いですからね。

僕は自信はないですが、「能力はある」と自負しており、さらに成果が出ていないのだから、それで十分だと感じます。

「自信はないが、能力はある」と自負しているから、相手の高圧的で強要するパワハラ人間の餌食になるのでしょう。

パワハラ・モラハラ人間は、成果が出ていない、自信なさそうな人間に説教するの大好き人種ですから。

 

だけど、能力はあると思っているから、変なプライドがあると思われ、「でも」と言うと、「言い訳するな!」と言われます。

成果が出ていない人間を、表面上だけで判断し、説教するのが好きなのがパワハラ人間です。

「成果が出ていない」といっても、僕のように特殊事例は存在しますが、そんな事情は想像すらできません。

自信の有無もかなり重要視するのが彼らの特徴であり、表面しか見ていません。

 

パワハラ人間の特徴というか、パターンを経験則から分類すると、以下です。

表面上でしか判断しない。

(成果、自信の有無など)
特殊事情などは想像できない。
(相手の言い分にも耳を傾けない)
少しでも反論すると、「言い訳を言うな」という態度になる。

ちなみに、説教指摘は違います。

説教は相手の事情も詳しく知らないですし、表面だけで判断して(成果と自信の有無など)、一方的な主張で相手をやりこめることを指します。

指摘は、相手の事情を知ったうえで、正確なダメな部分を言い、改善点を述べることです。

 

僕の場合、そもそも相手の主張が、僕の素性を詳しく知りもしないのに、強引にやりこめるために主張しているから、説教です。

なぜ、僕の素性を大して知りもしない人間が、上から目線でいろいろと言えるのかと疑問であり、だからこそ、説教です。

で、僕の素性を詳しく知らないわけですから、当然、僕にも言い分があり、「でも」と反論するわけですが、そういう発言を少しでもすると「言い訳するな!」という態度になり、だから、パワハラ人間です。

 

引き続き、今回、遭遇したパワハラ・モラハラ人間についてのバッググラウンド情報を書きます。

どちらかといえば僕は右翼人間と相性が悪いです。

彼らは何かといえば、過去の話ばかり持ち出します。

江戸時代や明治維新、戦争時代、昭和など多数です。

白人や欧州の人間に日本は支配されており、特に「アメリカごときに日本は支配されている」と憤っています。

 

「民主主義と共産主義はどっちがいいか?」となったら、「共産主義を選ぶ」と彼は言いました。

僕は一部の権力者にいいように支配されるのを嫌っており、「共産主義なんてとんでもない」と思いますが、彼は「中国に支配される方がマシだし、経済的に上手くいっているのは中国だ」と言います。

日本の政治家は脱税していて、報道される自由が日本にはありますが、「中国ならおそらく報道すらされないのに、経済が豊かだから、それでいい」と言うのです。

人権弾圧が酷いのが中国だと思いますが、そんな情報も耳に入りません。

 

過去にこだわりすぎだと思いますし、まさに過去の戦争などにいつまでもこだわる右翼そのものだと思いました。

未来志向なら、過去にそこまでこだわりません。

どんどん世代が入れ替わるわけで、過去にいつまでもこだわる人は右翼でしょう。

過去(伝統含む)と、日本(日本人)に異常にこだわるのが右翼です。

日本の国益にこだわるのはまだ良いですが、過去にここまでこだわる人を初めて見たかもしれません。

AIなどの未来志向の世界とは真逆なのでしょう。

 

僕は未来と現在で8割、過去に2割の比率の生き方であり、過去志向が極端に低いです。

たまに過去を振り返るときがありますが、ほとんどしておらず、過去よりも、現在、未来に意識が向いています。

この時点で、彼とは価値観が合わず、「相性が悪いなぁ」と察知していました。

 

さて、不良式人身掌握術は、「相手を威圧すればどうにかなる」、もしくは「従わせることができる」と考えている節があります。

その場では恐怖などから従わせることができるかもしれませんが、人望は買えません。

不良式人心掌握術はワンパターンです。

 

音声SNSでは会社での雇用関係などの縛りがないから、相手を説得できるか?または仲良くなれるかは、相性や価値観が合うか、もしくは魅力で惹きつけるしかありません。

それができないと、不良系の人間は強引に屈服させようとし、会社ではパワハラになります。

それで従う者も一部いますが、すべてではありません。

 

相手を説得させようとしたとき、威嚇や威圧などを使った人間を僕は「要注意人物」として避けるようにしています。

それが通用する場面もあるでしょうが、音声SNSの場で使った人間は極力関わらないようにしています。

理屈や価値観や魅力などで相手を動かせないから、恐怖で動かそうとします。

恐怖で人を動かすのは下の下の策です。

恐怖により、「その人に選挙で票を継続して入れようと思うか?」または「その人からモノを買おうと思うか? 」まったく思わないでしょう。

「得だから、快感だから」という動機で人は動きます。

恐怖で人を動かそうとする人間はその場しのぎです。

つまり、彼は不良式人心掌握術を使う恐怖で従わせようとするパワハラ・モラハラ人間だったということです。

 

僕が関わりたくない人種は表面だけで人を判断し、相手の事情などいろいろなことを想像できない人間です。

別に1を聞いて10を知る能力がなくても良いですが、深く知るわけでもないのに、自信過剰で、知った気になり、相手にいろいろと押し付けてくる人間が嫌なのです。

最後の「相手にいろいろと押し付けてくる」が重要です。

他人に無関心な人のほうがまだマシです。

無関心ゆえに相手に押し付けてこないので。

こちらかしたら、いろいろとリソース最大化して考えて行動していて、言えない事情があるのにそれをまったく想像できず、考慮もしない押し付けがましい人間が嫌なのです。

 

それにしても、パワハラ人間の特徴として、「他者への想像力がない」はまさに当てはまります。

僕が「ブログとICTの両立は厳しい」と言ったら、「それは言い訳だ」と言います。

「やったことがないのに言える」というのは凄いです。

ICTを極めるだけでも相当に大変だからです。

パワハラ人間は相手を追い詰めます。

相手の事情などおかまいないしに「言い訳を言うな!」と要求してきます。

これにまともに対応して、合わせたら、身体も壊しますし、潰れます。

僕のように折れない人間に対して、パワハラ人間は「頑固だ!」と言いますが、あなたに合わせたら、身体が壊れるから防衛です。

 

まぁ世の中にはパワハラ人間が溢れており、無茶振りを要求してきます。

そして、パワハラ人間の言うとおりに、身体が悲鳴を挙げつつ、かなり頑張って成果を出すと「やはり、やればできるじゃないか」となり、さらに要求してきます。

 

加えて、パワハラ人間にまったく賛同できない理由として、建前以上はいろいろと綺麗事を言っていますが、結局は「自分にとって都合のいい存在」を求めているだけというのがあります。

相手が都合よく動かないとなると、急に手のひらを返すように、威圧したり、することからわかります。

こういうことが透けて見えるから、関わりたくありません。

しかも、建前の綺麗事を言うのだけは上手いです。

本当に良い人は、態度に表れ、 パワハラなんてしません。

DVで洗脳される人は、アメとムチで洗脳されています。

あなたのためを思う人が「パワハラする?」って話です。

 

あとは人脈アピール(芸能人と会ったなど)を頻繁にする人間はやはりヤバいです。

これをされたので、「この人はヤバい人かも?」と直観的に警戒していましたが、案の定、ヤバい人でした。

芸能人と知り合いアピールに騙される人はけっこう多いです。

 

そもそも「共産主義の中国のほうがいい」って言っている時点で、人権主義の思想はありません。

一部の権力者に権力をもたせることの怖さがまったく分かっていません。

表現の自由が弾圧されることの不自由も分かっていないのでしょう。

 

さらに天皇を崇拝している時点で、やはり右翼かと納得です。

こんな人間と過去に深く話したことがなかったので、良い経験であり、「一生分かり合えないのだろうな」という気づきです。

分かり合えない同士は距離をとって接するか、関わるべきじゃありません。

 

加えて、薬物中毒だった過去とか、中卒ですらないとか(小学校卒)、前科があるとか、いろいろと過去を述べていました。

僕は偏見がなかったので、別に気にせず、話していましたが、「東大卒の人間は使えない」という視点が、「劣等感が凄いなぁ」と感じました。

「その人が経営している飲食店?に雇用されようとする東大卒が使えないだけだろ」と思いました。

東大卒には向いている業種や職種があるわけで。

そもそも本当の頭脳派の東大卒はこういう不良系人間とは極力関わりませんし、交わらないでしょうから、その人は深く生態を知ることはありません。

 

飲食店?など、いろいろな事業の社長で、年収1億円以上はあるようですが、労働集約型産業は「パワハラ系人間で成り立っている」と推測します。

まさにイメージ通りというか、前からそういう世界なのだろうなと想像していましたが、ドンピシャでした。

「ガラが悪い」という言葉がピッタリであり、ヤクザ系、ガラが悪い人心掌握術です。

TV局芸能事務所もある程度、通ずるでしょう。

元芸能人がいろいろな犯罪を起こして捕まりますが、「元々そういう人種が集まりやすかった」ということです。

不動産系もそういう人種が集まります。

 

パワハラ人間の共通項として気付いたことがあります。

それはやたら喧嘩自慢が多いことです。

人と争うことをまったく恥じておらず、 誰かを殴ったとか、普通の人が言ったら、ドン引きするようなことを平気で口にします。

彼らにとって、喧嘩、もしくは喧嘩に勝ったことは勲章なのです。

それが快感だから、パワハラを悪いことだと思っていません。

力によって相手を屈服させることも悪いことだと思っていません。

それを人心掌握術と勘違いしています。

 

不良とパワハラ人材は近い関係にあり、どちらも喧嘩自慢が多いのです。

そして、悪い行動がなぜか武勇伝になっています。

力でしか、相手を動かせなかった人間であり、力関係で動かせないとわかると、パワハラ行動をとります。

他の誘因で人を動かせません。

 

力で屈服させて、相手の心からの尊敬を得られると思っているのが凄いです。

単に、恐怖で従っているに過ぎず、相手が弱い立場になったら、すぐに寝返るでしょう。

尊敬しているわけじゃないからです。

喧嘩自慢をやたらする人間を見たら、パワハラ人材か、パワハラ予備軍とみて間違いないでしょう。

人と争うことを恥とまったく思っておらず、むしろ、人と争い、喧嘩して勝ったことを誇りに思っています。

だから、力で相手を屈服させる手法を使いがちです。

これは新たな気づきです。

喧嘩自慢という一つの発言で、ここまでの相手の素質がわかります。

僕にはまったくない素質なのですが、相手がなぜそういう発言(喧嘩自慢)をするのか、理解が深まりました。

「相手の顔を殴って、鼻をへし折った」という発言を普通にしてしまう神経がまったく理解できなかったのですが、謎が解けました。

 

さらに、1億円飲食店?社長で、非常に残念な点があります。

それはその人は「ワンピースのルフィーや、アニメのナルトを足し合わせたような人格の持ち主を目指している」と言っており、「器がでかいのかな」と思っていたら、全然そんなことがなかったという点です。

実際の経営手法や従業員のマネジメントとして、従業員に経営者視点を学ばせることをやっています。

「会社や社長の利益はどのようにして生じるか?」を具体的に細かく教えて、従業員に経営者目線と自分ごととして実感させる手法です。

経営者目線をもたせ、従業員に働くことは他人事じゃないと骨身に沁みさせるわけです。

 

で、ルフィーやナルトの人格はあくまでその人が目指す目標で、プラスアルファで人を惹きつけるためのものです。

そんな目標を聞かされたから、「器がでかいのか!」と勘違いしてしまいました。

しかし、実際は2時間ぐらいの会話の最後に、僕が経営について質問したことを「無駄だ!」と切り捨て、「そういう僕に役立たない質問はしないほうがいいよ」と言ってきました。

さらに、その人にとって「2時間の会話で得したことは何なのだ?」と言ってきました。

「人に得になるようにもっていかないとね」と追加してきました。

 

その人がべらべらと喋っていて、僕は聞き専が中心であり、その人が僕から何かを得ようと質問をほとんどしていなかったのに、「その人に得になるように情報を提供しろ!」というのは身勝手でしょう。

そして、お互いに相性が悪いと判明したら、「時間の無駄や得がなかった」と言い出しました。

ギバーではまったくありませんでした。

「ルフィーやナルトを足し合わせたような人格者を目指している」と言っていましたが、まったく期待外れです。

だから、大言壮語する人間が僕は嫌いです。

芸能人とのつながりアピールや、喧嘩自慢や、ルフィーやナルトを足し合わせたような人格者になる目標や、その人は「人心掌握術がかなりある」と言ったり、「人を見る目がかなりある」と言ったり。

そもそも自信がある人はこういう誇大?エピソードを使う必要がありません。

こういう偽物と話すと、相手がべらべら一方的に話していたのに「あなたも何かギブしろ」と後で恩着せがましく言われるので「本当に関わらないほうがいい」と思いました。

僕の素性を知ろうともしなかったし、質問もほとんどしなかったくせに、つまり助言や学びなど得ようとしていなかったくせに恩着せがましかったのです。

 

あとは、発言の信じるバランスが崩れていました。

僕は1億円飲食店?社長の年収や、芸能人と会った話や、経営手法は信じました。

その他もだいたいは信じました。

ですが、自己申告の自画自賛については疑い、なぜなら、 何もかもを鵜呑みにし過ぎるのも愚かだと思ったからです。

 

対して、僕の発言量は1億円飲食店?社長の発言量と比べたらわずかでしたが、僕の数少ない発言に対しては社長は信じませんでした。

僕の「特殊事情がある」に対しては一切認めず、「言い訳するな!」であり、明らかに信じる量のバランスが崩れていました。

相手は僕を疑っていました。

僕はとりあえず「害がないなら信じてもいいか」というスタンスだったのに対し、社長はほとんど信じず、疑っていました。

ここにも器の小ささを感じ、反面教師として、相当に感じることが多い濃密な2時間でした。

  

最後に、話の内容重視派と人間関係構築重視派のテーマへの理解が深まる記事を貼っておきます。

https://toyokeizai.net/articles/-/676454

正しさより「優しさを選ぶ人」人生のゴールが違う

がんの悩みを乗り越えた人が手にする生き方

 

https://www.lifehacker.jp/article/2006_book_to_read_weekend_10/

コトより人間関係を重視しすぎてしまう…日本的「思考停止」を避けるために必要なスキルは?

 

https://fujinkoron.jp/articles/-/8679

脳科学者・中野信子 なぜ京都人は「本音」を隠して「人間関係」を重視できるのか?本音で傷つけ合うのが最善のコミュニケーションとは限らない

 

https://news.yahoo.co.jp/articles/199803bf6f4b99470cb596e1915b413a1f947406

女性のユーモアは男性よりも大きな効果をもたらす

 

https://yuchrszk.blogspot.com/2023/06/4.html

家族療法の専門家「仲が悪い家族って4つのコミュニケーションスタイルを取ってるよねー」

 

ではこの辺で。(4747文字) 

このブログは個人的見解が多いですが、本・記事・YouTube動画などを元にしつつ、僕の感性も加えて、なるべく役立つ・正しいと思われる記事を書いています。

あくまで読者がさらに深く考えるきっかけとなればいいなぁという思いですので、その辺は了解ください。

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